連載:水が決める企業価値⑧ トヨタ自動車(下)

2016年1月から代表理事の奥田早希子が「環境新聞」で続けてきた連載「水が決める企業価値~水イノベイターの挑戦」を順次アップしています。今回は、2015年のCDPウォータープログラムでAリストに選ばれた3社の日本企業のうち、トヨタ自動車の(下)です。(上)および、同じくAリストのローム(上)(下)アサヒグループホールディングスと合わせてぜひご一読ください。

「シンクローカル」も重視

トヨタは今「長期・グローバル・地域」という3つの視点で水リスクへの対応を深化させようとしている。会社としての方針となる長期ビジョン「トヨタ環境チャレンジ2050」を策定し、その理念浸透を図るため、ことあるごとに、しっかりと幾度も社員にも働きかける。一人一人の意識に浸透しきった時、トヨタの環境ブランドはさらに強固なものになる。

グローバルな認識差を埋める

 トヨタは以前から、水社会の一員という意識で地域の水に対するふるまい方を律してきた。確固たる環境ブランドを築いた背景に、間違いなくそれがある。そう思って取材に赴いたが、対応してくれた環境部の山戸昌子企画室室長の言葉は「水については取り組み途上」「日本で取り組んでいる水対策については自負していますが、グローバルで見ると取り組みの途上にあります」という。驕りのなさに驚いた。
よくよく話を聞いてみると、世界各地の拠点ごとに水環境が異なるため、水リスクの捉え方に違いがあるという。もちろんCO2対策などでもあるのだろうが、対策が世界共通のため、その対策をグローバルヘッドクォーターである環境部から海外に水平展開することでリスク認識の違いを解消できる。それに対し水リスクは地域性が強いがゆえに世界共通の対策がなく、認識の違いを埋めづらい。
長期ビジョン「トヨタ環境チャレンジ2050」の策定をきっかけに水リスクを長期目線で考えたとき、改めて地域ごとに捉え方の違いがあることに気づいた。同時に、世界各地の拠点がそれぞれの地域の水リスクに的確に対応し、独自に工夫を凝らして取り組んでいることにも気付かされたという。それが認識の違いを埋めるカギになると直感した。

地域ごとに最適な水対策を組み合わす

フランス工場は、徹底して水使用量を削減していた。雨水貯留や膜ろ過による水の再利用、排水リサイクルなどだ。このうち、雨水利用によって工業用水利用量を約45%も削減していたという。渇水リスクがそれほど高くない日本では優先度の高くない手法であるが、年間降雨量が一定程度見込める地域では十分に投資メリットがある。


工業用水利用量の約45%削減に成功したフランス工場の雨水貯留施設

「海外の拠点それぞれが、他の地域でも役立ちそうな取り組みを行っていることに気づきました。時間はかかるかもしれませんが、その情報を集めて共有することで、グローバルに取り組みを一層充実、加速していきたいです」
山戸室長はこれからの環境部の役割をこう話す。
「そのために、水量と水質、上流水源との関係、対策技術などについて、長期・グローバル・地域の視点で水リスクマップを作り直しています。マップを基に、各地域の水事情に合わせて最適な対策を組み合わせられれば、長期ビジョンに掲げた『水環境インパクト最小化チャレンジ』の成功が近づくはずです。今は操業に無関係と思えても、将来リスクになる可能性が少しでもあると思われる事項、例えば土地利用や気候変動などの地域特性についても調査しています」
シンクグローバル、アクトローカル(地球規模で考え、地域で行動)という言葉がある。水の場合はこれに加えて、シンクローカル(地域目線で考える)も重要であることを、トヨタの取り組みは教えてくれる。

水リスクマップを行動に落とし込む

「事業を通じ社会に貢献し、お客様に笑顔になっていただける企業になりたいです。環境を経営の最重要課題として位置づけていきます」
昨年10月14日に都内で開催した「トヨタ環境チャレンジ2050」の発表会となった「環境フォーラム2015」の冒頭であいさつした内山田竹志代表取締役会長は、集まった報道関係者などに対して改めて環境への思いを語った。
続く6つのチャレンジの説明には、各分野を担当する役員が立った。水チャレンジでは牟田弘文専務が登壇し「工場で使う水は徹底的に削減し、工場からお返しする水は徹底的にきれいにして、各地域の環境をより良くしていきます」と訴えた。
会長をはじめ各役員の言葉は、社員に語りかけたものでもあっただろう。長期ビジョンがどれほど立派であっても、実現しなければ意味がない。その成否は、社員一人一人の意識への根付き、行動がカギを握っている。だからこそ経営層が自らの言葉で語ることは、大きな意味を持つ。自分たちもやらなければならないという前向きなマインドが、社員に生まれるきっかけとなるからだ。
環境ブランドを誇るトヨタといえど、すべての部署で環境が最優先されているわけではない。製造部門などは当然ながら機能も優先する。こうした部署間の認識の違いを埋めることもまた、これからの環境部の大切な役目であろう。
「会社の方針が決まったからといって、すぐに全社員の意識を変えられるわけではありません。水リスクマップの意味を各部署の事業活動、社員の行動に落とし込むことも必要ですし、その成果を見える形で評価することも求められます」
トヨタの新たな水チャレンジは始まったばかり。再構築している水リスクマップとその活用方法が「カイゼン」のように各社のデファクトになるのか否か注目される。山戸室長が言うように「社会に評価していただくのはこれから」である。

「環境新聞」( 平成28年5月11日号 )に投稿した原稿をご厚意により転載させていただいています

※記事PDF 水が決める企業価値08」